頭蓋顎顔面外科とは? どのような病気や外傷を治療するのか
「頭蓋顎顔面外科」という言葉は、一般にはあまり馴染みがないかもしれません。
頭蓋顎顔面外科は、頭蓋骨、顔面骨、上顎骨や下顎骨などの骨格と、それらを覆う皮膚、脂肪、筋肉などの軟部組織を扱う外科領域です。
対象となるのは、顔面骨折などの外傷、顎変形症、生まれつきの頭蓋や顔面の形態異常、腫瘍切除後の欠損や変形などです。さらに、顔面輪郭の問題などもこの領域と深く関係しています。実際、日本頭蓋顎顔面外科学会が示す対象疾患も、先天異常から外傷、腫瘍、組織欠損、輪郭形成、頭頸部再建まで非常に広い範囲に及びます。
しかし、頭蓋顎顔面外科を単に「顔の骨を手術する外科」と考えると、その特徴を十分には表していません。
私がこの領域で特に重要だと考えているのは、顔を一つの三次元的な構造として捉え、形態と機能の両方を考えて治療することです。
顔の形は、骨格と軟部組織によってつくられる
私たちが外から見ている顔の形には、その土台となる顔面骨格が大きく関係しています。
前額部、眼窩、頬骨、上顎骨、下顎骨、オトガイなどが立体的に配置され、その上を筋肉、脂肪、皮膚などの軟部組織が覆っています。したがって、顔面骨格の位置や形が変われば、外から見える顔貌も変化します。
顎変形症の手術は、その関係が分かりやすい例です。
上顎骨や下顎骨を移動すると、咬み合わせが変わるだけではありません。口唇、鼻の周囲、オトガイ、フェイスラインなどにも変化が生じます。ただし、骨を5mm動かしたからといって、その上の皮膚や口唇が同じように5mm動くわけではありません。骨格と軟部組織では、手術による変化の現れ方が異なるからです。そのため手術を計画するときには、骨をどの位置に移動させるかだけでなく、それによって顔全体がどのように変化するのかを考える必要があります。
これは顎変形症だけでなく、顔面骨折、顔面輪郭手術、頭蓋顎顔面再建などにも共通する考え方です。
「形」と「機能」は互いに関係している
顔は、外見だけの構造ではありません。
たとえば下顎骨は顔の輪郭をつくる一方で、咬み合わせや咀嚼に関係します。眼窩は目の周囲の形をつくる骨格であると同時に、眼球を収める重要な構造です。上顎骨も顔面中央部の形態だけでなく、咬合や鼻腔などと密接に関係しています。
このため、顔面の治療では「見た目」と「機能」を完全に切り離して考えることはできません。形態を整えることと、必要な機能を保つ、あるいは回復させること。その両方を考えることが頭蓋顎顔面外科では重要です。
顔面骨折では、骨折線だけを見ない
顔面外傷では、鼻骨、眼窩、頬骨、上顎骨、下顎骨など、さまざまな部位に骨折が生じます。日本頭蓋顎顔面外科学会の診療ガイドラインでも、上顎骨、下顎骨、頬骨、眼窩底、鼻骨・鼻篩骨などの骨折が扱われています。口腔の診療に限定された歯科医師と違い、身体全体の治療が行える医師免許を持つ形成外科医の得意とする領域となります。
治療を考える際には、CTで見える骨折線だけを確認すればよいわけではありません。たとえば眼窩周囲の骨折では、眼球の位置や眼球運動、複視などが問題になることがあります。頬骨の位置が変化すると、頬部の形態や顔面の左右差だけでなく、開口や知覚に影響する場合があります。上顎骨や下顎骨の骨折では、受傷前の咬み合わせをどのように回復するかも重要になります。
つまり、壊れた骨をつなぐというより、変化した顔面骨格をどのように再構築するかという視点が必要になります。
顎変形症では、咬み合わせと顔面骨格を一緒に考える
顎変形症では、上顎骨や下顎骨の大きさ、位置、左右差などによって、咬み合わせや顔貌に問題が生じます。手術が必要な場合には、矯正歯科医との連携が非常に重要になってきます。矯正歯科医と充分な打ち合わせの上で、上顎骨や下顎骨を骨切りして計画した位置へ移動させる顎矯正手術が行われます。頭蓋顎顔面領域の診療ガイドラインでも、上顎後退症、下顎後退症、下顎前突症などに対する骨切り手術が扱われています。
ただ、この治療で重要なのは、歯の咬み合わせだけではありません。正面から見た顔面の左右差、横顔における上顎・下顎・オトガイの位置、顔面の高さや幅、口唇や鼻周囲との関係なども考える必要があります。つまり、歯列だけではなく、顔面骨格全体を三次元的に捉えて治療計画を立てることが重要になります。
失われた組織を「再建する」という治療
頭蓋顎顔面外科には、骨を動かす手術だけでなく、失われた組織を再建する手術もあります。
大きな外傷や腫瘍切除などによって、頭蓋骨、眼窩、上顎骨、下顎骨、あるいはその周囲の軟部組織が欠損することがあります。頭蓋顎顔面外科専門医の対象領域にも、こうした腫瘍切除後や組織欠損に対する再建が含まれています。再建では、自分の骨や軟部組織を移植する方法、人工骨などの材料を使用する方法など、欠損の状態に応じてさまざまな方法を検討します。ここでの目的も、単純に空間を埋めることではありません。再建する組織の形、大きさ、位置、支持性などを考え、周囲の顔面骨格との連続性や、必要とされる機能まで含めて再構築することが重要になります。
顔面輪郭も、顔面骨格から考える
顔面輪郭の手術も、頭蓋顎顔面外科の知識や技術と深く関係しています。日本頭蓋顎顔面外科学会も顔の輪郭形成を対象領域として挙げています。
たとえば、頬骨の突出、下顎角、オトガイの位置などを考える場合、単に「出ている部分を削る」という考え方だけでは十分ではありません。顔面骨格全体の幅、高さ、前後方向の位置関係、左右差などを評価したうえで、その人の顔の中でどの部分が輪郭をつくっているのかを考える必要があります。さらに、骨格を変化させれば、その表面を覆う軟部組織にも影響します。
このため顔面輪郭についても、骨そのものの形だけではなく、顔全体の構造として考えることが重要です。
3D技術によって、手術前に検討できることが増えている
顔面骨格は複雑な三次元構造をしています。
CTデータから三次元画像を作成すると、骨折した骨片の位置、顔面の左右差、上顎骨や下顎骨の位置関係などを、立体的に把握することができます。さらに、コンピュータ上で骨切りを行い、骨を移動させて術後の状態を検討する手術シミュレーションも利用されるようになっています。
顎変形症であれば、上顎骨や下顎骨をどの方向にどの程度移動させるのか。顔面骨折であれば、本来の骨格をどのように再現するのか。再建手術であれば、欠損部をどのような形で再構築するのか。こうしたことを実際の手術を行う前に三次元空間で検討できることは、頭蓋顎顔面外科における3D技術の大きな利点です。
一方で、コンピュータ上の骨格シミュレーションが、そのまま術後の顔貌を示すわけではありません。骨格を移動したときに皮膚、脂肪、筋肉などの軟部組織がどのように変化するのか、また時間の経過とともにどのような変化が生じるのかについては、まだ正確に予測できない部分があります。
「骨格を正確に動かすこと」と「最終的な顔貌を正確に予測すること」は、同じではありません。この点は、現在の3Dシミュレーションを考えるうえでも重要だと思います。
頭蓋顎顔面外科は「顔を立体的に考える外科」
顔面骨折、顎変形症、先天性の形態異常、腫瘍切除後の再建、顔面輪郭など、病気や治療法はそれぞれ異なります。
しかし、これらの治療には共通する考え方があります。
- 一つの骨だけではなく、顔面骨格全体を見る
- 骨格だけではなく、その上を覆う軟部組織を見る
- 形態だけではなく、機能との関係をこ考える
- その後どのように経過するのかを考える
顔は、骨格と軟部組織が組み合わさった複雑な三次元構造です。私は、その構造を立体的に理解し、形態と機能の両面から治療を組み立てていくことが、頭蓋顎顔面外科の本質の一つであると考えています。
※本記事は、頭蓋顎顔面外科についての一般的な医学情報を提供することを目的としています。個々の患者さんに対する診断、治療方法、手術適応を示すものではありません。実際の診断や治療については、担当医または適切な医療機関にご相談ください。
参考情報
日本頭蓋顎顔面外科学会「一般の方へ」
日本頭蓋顎顔面外科学会「ガイドライン・ガイドブック」
日本形成外科学会「専門医になるには」